ニワトリは3歩歩くと忘れるの?

動物 動物心理確度: 高

一言でいうと...

いいえ。ニワトリが「3歩歩くと忘れる」という科学的な根拠は見つかっていません。 むしろ、生まれたばかりのヒナでも、1回の嫌な経験を何時間も、場合によっては翌日まで覚えている実験があります。 この言い方は、ニワトリをばかにする冗談としては有名でも、記憶の研究とは合いません。

詳しくは...

「3歩で忘れる」は、研究の結論ではない

まず検索の話から。ニワトリやヒナの記憶・学習に関する論文はたくさんありますが、 「3歩歩くと忘れる」「three steps and forget」といった主張を支持する研究は見つかりませんでした。 つまりこれは、実験で測られた事実というより、俗説・たとえ話に近いものです。

記憶には種類があります。いま目の前の情報をしばらく保つ短い記憶もあれば、 経験をあとから取り出せる長い記憶もあります。「3歩」は歩数の話であって、 どちらの記憶の指標にもなっていません。

1回の学習でも、翌日まで残ることがある

ニワトリ(正確には生まれたばかりのヒナ)の記憶研究で古典的なのが、 受動的回避学習と呼ばれる課題です。苦い味のついた小さな玉をついばむと、 ヒナはその玉を避けるようになります。1回の経験で学習が進むため、 記憶がどの段階で固まるかを細かく調べやすいのです。

この枠組みでは、学習直後の短い記憶の段階はおおよそ学習後0〜10分と整理されています (Ng et al., 1997)。 さらに、弱い学習を薬などで後押しした実験では、訓練のあと最大24時間後でも その経験を覚えていることが示されています (Samartgis et al., 2012; Samartgis, Schachte, Hazi, & Crowe, 2012)。

「3歩」どころか、歩いて部屋を出るくらいの時間では消えない、というのが実験のイメージです。

場所も、仲間も、覚えている

記憶は「苦い玉」だけではありません。

若いニワトリは、囲いの形や目印を使って場所を探す課題で、 空間の幾何学的な情報と、近くの目立つ手がかりの両方を使えます (Vallortigara et al., 1990)。 「さっきあそこに何かあった」を、歩数3歩で捨ててしまう動物のふるまいではありません。

仲間についても、ヒナは見慣れた個体と見慣れない個体を区別し、 見慣れた相手のほうに寄る傾向があります (Versace et al., 2021)。 見慣れない同種を見分ける脳の働きも調べられています (Corrales Parada et al., 2021)。

「忘れる動物」どころか、推論に近いこともする

さらに進むと、ニワトリのヒナは推移的推論と呼ばれる課題もできます。 たとえば A>B、B>C と別々に覚えた関係から、直接比べていない A と C の優劣を推測する、 というものです。社会の順位を全部のけんかで覚えなくても済むための能力だと考えられています。 しかも成績は、性別や群れの中の順位によって違います (Daisley et al., 2021)。

こうした知見をまとめたレビューは、ニワトリを「単純で忘れっぽい」とみなす見方は古く、 認知・感情・社会性の面で多くの鳥や哺乳類に匹敵する複雑さがあると結論しています (Marino, 2017)。

結局どう考えればいい?

  • 「3歩歩くと忘れる」は科学の結論ではない。 覚えている実験のほうがはるかに多い。
  • ニワトリにも、短い間だけ持つ情報と、長く残る経験の記憶がある。
  • ばかにしていい根拠にはならない。飼育や扱いでは、学習や慣れが起きる前提のほうが現実的。
  • もちろん、人間と同じ「思い出話」ができるという意味ではない。種ごとの得意不得意はある。

ただし...

  • 「3歩で忘れる」を直接検証して否定した1本の論文がある、というより、 その主張を支持する文献が見つからず、反対に長時間残る記憶や複雑な認知の証拠が多い、 という整理である。俗説の起源(いつ誰が言い始めたか)までは本ページでは追っていない。
  • 受動的回避学習の多くは生後1日前後のヒナを使った実験室研究。成鳥のニワトリ、 品種、飼育環境が違う場合に、同じ時間がそのまま当てはまるとは限らない。
  • Samartgis et al. (2012) や Crowe et al. (2012) の「24時間」は、弱い学習を薬で強めた条件を含む。 「何もしていない普通の学習がいつも24時間残る」という意味ではない。一方で、 学習直後の短い記憶段階がおおよそ10分程度、という整理自体は Gibbs–Ng モデルの中核である。
  • Marino (2017) はレビューであり、個々の効果量の一次データではない。著者の立場は 動物福祉寄りの解釈も含むため、個別の主張は原著と突き合わせるのが安全。
  • 推移的推論(Daisley et al., 2021)は、課題の成績が順位・性別で変わることを示しており、 「ニワトリ全員が同じように賢い」証明ではない。
  • 空間課題や社会認知の実験は、実験装置の中での成績である。野原を3歩歩いたときの 「忘れ方」を直接測ったわけではない。
  • 本ページはニワトリの福祉や食の是非を論じるものではない。記憶能力の俗説の検討に限る。

参考文献

  • Marino, L. (2017). Thinking chickens: a review of cognition, emotion, and behavior in the domestic chicken. Animal Cognition, 20(2), 127–147. https://doi.org/10.1007/s10071-016-1064-4
  • Ng, K. T., O'Dowd, B. S., Rickard, N. S., et al. (1997). Complex roles of glutamate in the Gibbs–Ng model of one-trial aversive learning in the new-born chick. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 21(1), 45–54. https://doi.org/10.1016/0149-7634(95)00079-8
  • Samartgis, J. R., Schachte, L., Hazi, A., & Crowe, S. F. (2012). Memantine facilitates memory consolidation and reconsolidation in the day-old chick. Neurobiology of Learning and Memory, 97(4), 380–385. https://doi.org/10.1016/j.nlm.2012.02.009
  • Samartgis, J. R., Schachte, L., Hazi, A., & Crowe, S. F. (2012). Piracetam, an AMPAkine drug, facilitates memory consolidation in the day-old chick. Pharmacology Biochemistry and Behavior, 103(2), 353–358. https://doi.org/10.1016/j.pbb.2012.08.014
  • Vallortigara, G., Zanforlin, M., & Pasti, G. (1990). Geometric modules in animals' spatial representations: a test with chicks (Gallus gallus domesticus). Journal of Comparative Psychology, 104(3), 248–254. https://doi.org/10.1037/0735-7036.104.3.248
  • Versace, E., Ragusa, M., Pallante, V., & Wang, S. (2021). Attraction for familiar conspecifics in young chicks (Gallus gallus): An interbreed study. Behavioural Processes, 193, 104498. https://doi.org/10.1016/j.beproc.2021.104498
  • Corrales Parada, C. D., Morandi-Raikova, A., Rosa-Salva, O., & Mayer, U. (2021). Neural basis of unfamiliar conspecific recognition in domestic chicks (Gallus gallus domesticus). Behavioural Brain Research, 397, 112927. https://doi.org/10.1016/j.bbr.2020.112927
  • Daisley, J. N., Vallortigara, G., & Regolin, L. (2021). Low-rank Gallus gallus domesticus chicks are better at transitive inference reasoning. Communications Biology, 4, 1344. https://doi.org/10.1038/s42003-021-02855-y