キリンの長い首は高いところの葉を食べるため?
一言でいうと...
2つの意味で、そう単純ではありません。 まず、生き物は「〜のために」体を変えたりしません。 たまたま首が長い個体が多く子を残した、 という結果があるだけです。 そのうえで、「高い葉を食べられたから有利だった」という説明自体も、まだ決着していません。 むしろオス同士のケンカのため、という有力な対抗仮説があり、いまも議論が続いています。
詳しくは...
まず「〜のため」という言い方が間違っています
「キリンは高い葉を食べるために首を伸ばした」という言い方には、 キリンが目的を持って体を変えたというニュアンスがあります。これは誤りです。
実際に起きたことは、こうです。
- 首の長さには個体差があった
- たまたま首が長い個体のほうが、多く生き残って子を残した
- その繰り返しで、集団全体の首が長くなった
「長くなった」のは結果であって、目的ではありません。 誰も高い葉を目指していません。 そして「なぜ首の長い個体のほうが多く子を残せたのか」という問いこそが、 ここから先の本題です。
定番の説明「高い葉が食べられるから」
ダーウィン以来、標準的な説明は「他の草食動物が届かない高さの葉を食べられたから有利だった」 というものでした。
これを実際に検証した実験があります。南アフリカのクルーガー国立公園で、 アカシアの木を柵で囲って動物が食べられないようにし、1シーズン後に葉の量を高さごとに比べました。 すると、囲った木では高さによる差がなかったのに、囲っていない木では差が出ました。 背の低い草食動物が下のほうを食べ尽くすため、キリンは競争を避けて上を食べている、 という解釈です(Cameron & du Toit, 2006)。
これは定番の説を実験で支持した初めての研究とされています。
ところが、真っ向から否定する観察もあります
その10年前、ナミビアでキリンの採食行動を観察した研究は、逆の結果を報告しています (Simmons & Scheepers, 1996)。
- 餌が乏しい乾季、つまり競争が最も厳しいはずの時期に、キリンは背の低い低木から食べていた
- メスは採食時間の半分以上を、首を水平にした姿勢で過ごしていた
- オスもメスも、首を曲げて食べるほうが速く食べられていた
- 同じ場所に住む他の草食動物との間に、食べる高さの棲み分けはあまり見られなかった
さらに、近縁のオカピと比べると、キリンは脚よりも首のほうが不釣り合いに伸びています。 単に「高いところに届きたい」だけなら、脚を伸ばすほうが体の負担は小さいはずです。 首を伸ばすのは、心臓が高い位置まで血を送らねばならず、コストの高いやり方です。
対抗仮説「首は武器である」
同じ研究が提案したのが、オス同士の戦いのために首が長くなったという説です。 キリンのオスは、長い首を振り回して頭を相手に叩きつけるという独特の戦い方をします (necking と呼ばれます)。死ぬこともある本気の戦いです。
この説を支持する観察がいくつもあります。
- 首が太いオスほど順位が高く、メスと交尾できる機会が多い
- オスの首と頭骨は、戦わないメスより大きく、頑丈にできている
- オスの首は年をとっても伸び続ける
- 大きいオスほど、体に対してさらに首に投資している(性選択で進化した形質に典型的なパターン)
化石も議論に加わりました
2022年、初期中新世の奇妙なキリン類の化石が報告されました。Discokeryx xiezhi、 円盤状の頭飾りを持ち、哺乳類で知られている中で最も複雑な頭と首の関節を備えていました。 コンピュータ解析の結果、これは激しい頭突きに適応した構造だと結論されています (Wang et al., 2022)。
キリンの仲間では、こうした戦闘用の頭部構造が他の反芻動物より多様に進化しており、 種内の戦いが極端な頭と首の形を生んだという主張です。
で、どちらが正しいの?
決着していません。 両方の説を検討したレビューは、こう整理しています (Simmons & Altwegg, 2010)。
- 戦いのため説の弱点: この説では、戦わないメスの首がなぜ長いのかを説明できない
- 高い葉のため説の弱点: キリンは100万年以上にわたって、競争相手より約2メートルも高い 状態を保っている。単に競争を避けるだけなら、そこまでの差は要らないはず
結論として、このレビューはおそらく両方が寄与したと述べています。
ちなみに、「遠くを見張るため」という第三の説もあります (Williams, 2016)。
議論は現在進行形です。上記の2022年の化石研究に対しては、2023年に反論のコメントが Science に掲載され、著者らがそれに再反論しています (Hou et al., 2023 / Wang et al., 2023)。
ただし...
- 「いま何の役に立っているか」と「なぜそうなったか」は別の問題です。 Cameron & du Toit (2006) が示したのは、現在のキリンが競争を避けて高い位置で採食している ことであって、首が伸びた過程を直接観察したものではありません。 現在の機能が起源を説明するとは限りません。これは進化生物学で繰り返し問題になる区別です。
- どちらの仮説も決定的な反証がされていません。 Simmons & Altwegg (2010) 自身が、 「どちらの研究も、もう一方を棄却するには至らない」と明言しています。 このページも、どちらかが正しいと述べているわけではありません。
- 2022年の化石研究は論争中です。 Science に反論コメントと再反論が出ている状態で、 評価は定まっていません。本ページでは要旨のみを確認しており、 反論の具体的な論点までは踏み込めていません。
- 観察研究の場所と時期が限られています。 Simmons & Scheepers (1996) はナミビア、 Cameron & du Toit (2006) は南アフリカでの調査です。キリンの行動は 地域や環境によって変わりうるため、そのまま一般化はできません。
- 「見張りのため」説は、他の2説に比べて検証が進んでいません。 被引用数も少なく、 同じ強さの証拠があるわけではないため、本文でも並列には扱っていません。
- 筆者は進化生物学の専門家ではありません。上記はいずれも原著の要旨と結論に基づく整理であり、 分野内での各仮説の受け止められ方の重み付けについては、判断できていません。
参考文献
- Simmons, R. E., & Scheepers, L. (1996). Winning by a neck: sexual selection in the evolution of giraffe. The American Naturalist, 148(5), 771–786. https://doi.org/10.1086/285955
- Cameron, E. Z., & du Toit, J. T. (2006). Winning by a neck: tall giraffes avoid competing with shorter browsers. The American Naturalist, 169(1), 130–135. https://doi.org/10.1086/509940
- Simmons, R. E., & Altwegg, R. (2010). Necks-for-sex or competing browsers? A critique of ideas on the evolution of giraffe. Journal of Zoology, 282(1), 6–12. https://doi.org/10.1111/j.1469-7998.2010.00711.x
- Wang, S., Ye, J., Meng, J., et al. (2022). Sexual selection promotes giraffoid head-neck evolution and ecological adaptation. Science, 376(6597). https://doi.org/10.1126/science.abl8316
- Hou, S., Shi, Q., Benton, M. J., & Solounias, N. (2023). Comment on "Sexual selection promotes giraffoid head-neck evolution and ecological adaptation". Science, 379(6634). https://doi.org/10.1126/science.add9559
- Wang, S., Meng, J., Mennecart, B., et al. (2023). Response to comment on "Sexual selection promotes giraffoid head-neck evolution and ecological adaptation". Science, 379(6634). https://doi.org/10.1126/science.ade3392
- Williams, E. M. (2016). Giraffe stature and neck elongation: vigilance as an evolutionary mechanism. Biology, 5(3), 35. https://doi.org/10.3390/biology5030035
- Danowitz, M., & Solounias, N. (2015). The cervical osteology of Okapia johnstoni and Giraffa camelopardalis. PLoS ONE, 10(8), e0136552. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0136552