楽しみだった旅行、なんか面倒くさいかも

ライフスタイル 心理旅行確度: 中

一言でいうと...

それ、自然なことです。 予定が遠いうちは「楽しいかどうか」で、近づくと「やれるかどうか」で物事を見るようになる、 という実験結果がいくつも出ています。 ただし「旅行の直前に面倒になる人がどれくらいいるか」を直接数えた研究は見つかりませんでした。

詳しくは...

遠い予定は「ざっくり」、近い予定は「こまごま」見えている

まず、同じ出来事でも、それが遠い未来か近い未来かで頭の中での見え方が変わる、という話があります。

面白い調べ方をした研究があります。SNSの投稿と新聞記事を大量に集めて、 使われている言葉がどれくらい「具体的」かを測ったのです。

  • 未来の日付に触れた投稿では、日付が近いものほど具体的な言葉が使われていた
  • 1987〜2007年のアメリカ大統領選に触れた新聞記事でも、選挙が近づくほど言葉が具体的になった

Bhatia & Walasek, 2016)。

実験室でも同じような傾向が出ています。学生に将来のテストの成績を予想させると、 遠い先のテストについては「自分は歴史が得意だから」といったざっくりした自己像で答え、 出題形式(選択式か記述式か)といった細部を無視しました (Nussbaum et al., 2006)。

つまり、遠い予定は輪郭だけ、近い予定は中身まで見えている。 旅行でいえば、決めた時点で見えていたのは「海」や「温泉」で、 「乗り換え」や「荷造り」は視界に入っていなかったわけです。

見え方が変わると、判断の重みも移る

ここからが本題です。見え方が変わると、何を基準に選ぶかまで変わります。

古典的な実験があります。学生に、学期中の課題を選んでもらいました。 課題は2つの軸で違っていて、ひとつは面白さ、もうひとつは難しさです。

  • ずっと先の課題を選ぶとき → 学生は面白さを重く見た
  • すぐの課題を選ぶとき → 学生は難しさを重く見た

同じ人が、同じ課題を、時期だけ変えて評価しただけでこうなります (Liberman & Trope, 1998、5つの研究のうちの4つめ)。

くじ引きを使った別の実験でも同じ形が出ました。4つの実験を通して、 遠い先のくじほど「当たったらいくらもらえるか」が効き、近いくじほど「当たる確率はどれくらいか」が効いたのです (Sagristano et al., 2002)。

「いくらもらえるか」はそれが欲しいかどうかの話、 「確率はどれくらいか」は手に入るかどうかの話です。 時間が近づくと、後者に重みが移る。

旅行に当てはめると、こうなります。 予約した日は「楽しさ」の側で決めていた。出発の3日前は「やれるかどうか」の側で見ている。 同じ旅行なのに、採点の基準がすり替わっている。楽しさが減ったのではなく、 コストの側の点数が急に見えるようになった、という筋書きです。

おまけに「未来の自分は暇」だと思っている

もうひとつ、別の実験がここに重なります。

7つの実験を行った研究が示したのは、 人は「未来の自分には時間の余裕がある」と考えがちだということでした。 しかも、この思い込みはお金よりも時間について強く出ます。 来月のスケジュールはスカスカに見えるが、今週はぎっしり——あの感覚です (Zauberman & Lynch, 2005)。

旅行を決めた自分は、「そのころには余裕があるはず」の前提で「行く」と言っている。 その日が来ても、余裕は現れません。 準備の時間は、いま持っている時間から引かれることになります。

全体としては、どれくらい確かな話なのか

この「距離が変わると見え方が変わる」という考え方については、 106本の論文・のべ267の実験を集めて計算し直したまとめがあります。 結果は、距離が頭の中の抽象度に効くことも、そこから判断や好みに効くことも、 中くらいの大きさで一貫して確認できたというものでした (Soderberg et al., 2014)。 この考え方をひとまとめに整理した論文は Trope & Liberman (2010) です。

ただし、そのまとめでも効かなかった場面はあります。 気候変動を題材にした3つの調査・実験(合計約750人)では、 距離の遠さと頭の中の抽象度がまったく結びつきませんでしたWang et al., 2019)。 著者らは「この理論の中心的な主張が、気候変動という文脈では成り立たないかもしれない」と書いています。

一方で、旅行前の気分は平均すると「上がって」いる

ここで、都合の悪い結果も並べておきます。

オランダで1,530人を追った調査があります。うち974人が旅行に行き、行く前と帰ったあとに気分を答えました。 結果、旅行に行く人は、行かない人より旅行前の時点で幸福度が高いというものでした。 著者らはこれを「旅行を楽しみにしているからではないか」と説明しています (Nawijn et al., 2010)。

つまり、「直前になると気分が落ちる」が平均的な姿だ、という証拠はありません。 むしろ旅行前は総じて機嫌がいい。 面倒くささが顔を出すのは、その機嫌のいい時期の内側で起きている一部分、 というくらいの位置づけになります。

先延ばしの研究とも地続き

なお、「やることが面倒に見えると手が止まる」ほうは、よく調べられています。 691組の相関を集め直したまとめによれば、先延ばしを強く予測するのは その作業が嫌なものかどうか(task aversiveness)、締切までの長さ、 自分にできるという感覚、衝動性の4つでした (Steel, 2007)。

荷造りが「嫌な作業」の側に回った瞬間、旅行全体まで重く見えてしまう。 そこは無理のない話です。

まとめると

  • 予定が近づくと、判断の軸が「楽しいか」から「やれるか」に移る。 これは複数の実験で同じような傾向が出ています。
  • そのうえ、遠い予定を決めるときの自分は「未来には時間がある」と見積もっている
  • だから、面倒くささは旅行そのものの問題ではなく、見え方の切り替わりで説明できる—— というのが、いちばん筋の通る読み方です。
  • ただし旅行を題材に直接測った研究は見つかりませんでした。 ここに書いたのは、別の題材で確かめられた仕組みを旅行に当てはめた話です。
  • 実務的な含みがあるとすれば、「行きたくない」ではなく「準備が重い」なのかを分けて考えること。 前者なら予定を見直す理由になりますが、後者は出発してしまえば消える種類の重さです。

ただし...

  • 旅行の直前に嫌気がさす現象を直接測った研究を、本サーベイでは確認できなかった。 本ページは、課題選択(Liberman & Trope, 1998)、くじ(Sagristano et al., 2002)、 時間資源の見積もり(Zauberman & Lynch, 2005)という別領域の結果を 旅行に外挿している。この外挿自体が検証されたものではない。
  • むしろ逆向きの証拠がある。 Nawijn et al. (2010) では旅行前の幸福度がむしろ高い。 ただしこれは行く/行かないの群間比較を含む観察研究(オランダ人 n = 1,530)であり、 自己選択(もともと元気な人が旅行に行く)を排除できない。 「平均では上がるが、出発直前の数日だけ下がる」という可能性は、この設計では検出できない。
  • 解釈レベル理論の検証は、心理学の再現性問題の外側にはない。 Soderberg et al. (2014) のメタ分析は「時代・研究者・場面を越えて再現する」と報告しているが、 これは出版された文献の集計であり、出版バイアスの影響を受ける。 同時期に行われた28件の古典的知見の大規模追試では、 従来どおりの有意差が出たのは15件(54%)にとどまり、効果量の中央値は 元研究の d = 0.60 に対し追試では d = 0.15 だった (Klein et al., 2018)。 解釈レベル理論そのものはこの追試の対象に含まれていないが、 社会心理学のプライミング系の知見が置かれている状況として、割り引いて読む必要がある。
  • 文脈によっては効かない実例がある。 Wang et al. (2019) は3研究すべてで 心理的距離と解釈レベルの関連を検出できず、両者を操作しても行動は動かなかった。 「どの領域でも同じように効く」とは言えない。
  • 因果の向きが一方向とは限らない。 Van Boven et al. (2010) は6つの実験で、 感情の強さのほうが心理的距離の知覚を縮めることを示している (10.1037/a0019262)。 距離 → 解釈レベル → 判断、という一本道ではなく、感情と距離が相互に影響しうる。 出発が近い旅行は「感情が強い」対象でもあるため、両方の効果が同時に働いている可能性がある。
  • メタ分析の具体的な効果量を確認できていない。 Soderberg et al. (2014) の推定は 「中程度(medium-sized)」と報告されているが、本サーベイでは数値そのものに当たれていない。 そのため本文では研究の本数のみを示し、効果の大きさは数値で書いていない。
  • Steel (2007) は相関のメタ分析であり、因果を示さない。 作業の嫌さと先延ばしの関連は 691組の相関から得られたもので、「嫌だから先延ばす」のか「先延ばした結果さらに嫌になる」のかは この分析では分けられない。
  • 対象集団が偏っている。 ここで引いた実験の多くは欧米の大学生である。 Nawijn et al. (2010) はオランダの一般成人、Bhatia & Walasek (2016) は英語圏のSNSと新聞。 日本語話者、あるいは休暇の取り方や旅行の位置づけが異なる文化で 同じ形が出るかどうかは確認できていない。
  • 「準備の重さ」の中身は測られていない。 荷造り、休暇の調整、旅行前の仕事の詰め込みなど、 現実の旅行前に起きることは実験の課題選択とはかけ離れている。 実際に旅行前の負担がどれくらいで、それが気分にどう効くかを測った研究は確認できなかった。
  • 「出発してしまえば消える」と本文に書いたが、これも検証されていない。 旅行中の気分については別の研究群があるが、 直前の面倒くささが旅行中の満足度を下げるかどうかを追った研究は本サーベイでは見つからなかった。

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ChatGPT Grok Claude

参考文献

  • Liberman, N., & Trope, Y. (1998). The role of feasibility and desirability considerations in near and distant future decisions: A test of temporal construal theory. Journal of Personality and Social Psychology. https://doi.org/10.1037/0022-3514.75.1.5
  • Sagristano, M. D., Trope, Y., & Liberman, N. (2002). Time-dependent gambling: Odds now, money later. Journal of Experimental Psychology: General. https://doi.org/10.1037//0096-3445.131.3.364
  • Nussbaum, S., Liberman, N., & Trope, Y. (2006). Predicting the near and distant future. Journal of Experimental Psychology: General. https://doi.org/10.1037/0096-3445.135.2.152
  • Trope, Y., & Liberman, N. (2010). Construal-level theory of psychological distance. Psychological Review. https://doi.org/10.1037/a0018963
  • Bhatia, S., & Walasek, L. (2016). Event construal and temporal distance in natural language. Cognition. https://doi.org/10.1016/j.cognition.2016.03.011
  • Zauberman, G., & Lynch, J. G. (2005). Resource slack and propensity to discount delayed investments of time versus money. Journal of Experimental Psychology: General. https://doi.org/10.1037/0096-3445.134.1.23
  • Soderberg, C. K., Callahan, S., Kochersberger, A. O., Amit, E., & Ledgerwood, A. (2014). The effects of psychological distance on abstraction: Two meta-analyses. Psychological Bulletin. https://doi.org/10.1037/bul0000005
  • Wang, S., Hurlstone, M. J., Leviston, Z., Walker, I., & Lawrence, C. (2019). Climate change from a distance: An analysis of construal level and psychological distance from climate change. Frontiers in Psychology. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2019.00230
  • Van Boven, L., Kane, J., McGraw, A. P., & Dale, J. (2010). Feeling close: Emotional intensity reduces perceived psychological distance. Journal of Personality and Social Psychology. https://doi.org/10.1037/a0019262
  • Nawijn, J., Marchand, M. A. G., Veenhoven, R., & Vingerhoets, A. J. (2010). Vacationers happier, but most not happier after a holiday. Applied Research in Quality of Life. https://doi.org/10.1007/s11482-009-9091-9
  • Steel, P. (2007). The nature of procrastination: A meta-analytic and theoretical review of quintessential self-regulatory failure. Psychological Bulletin. https://doi.org/10.1037/0033-2909.133.1.65
  • Klein, R. A., Vianello, M., Hasselman, F., et al. (2018). Many Labs 2: Investigating variation in replicability across samples and settings. Advances in Methods and Practices in Psychological Science. https://doi.org/10.1177/2515245918810225