いざ店に行ったら安いの買っちゃった

ライフスタイル 心理買い物確度: 中

一言でいうと...

それ、よくあることのようです。 先のこととして考えるときは値段を「品質の目印」として、いざ買う段になると「出ていくお金」として見る傾向が実験で示されていて、頭の中で「出してもいい」と思う額は、本当に払う場面より平均で2割ほど高く出る、というまとめもあります。 ただしお店は「予定外のものまで買ってしまう」場所でもあり、「予定より安いほうを選んだ人がどれくらいいるか」を直接数えた研究は見つかりませんでした。

詳しくは...

おさらい: 遠い予定と近い予定では、見ているところが違う

同じ出来事でも、先のことだと「それが欲しいか・楽しいか」で、目の前に来ると「実際にやれるか・どれくらい大変か」で見るようになる、という考え方があります (Trope & Liberman, 2010)。 旅行の話で詳しく書いたので、気になる方は 楽しみだった旅行、なんか面倒くさいかも をどうぞ。

この記事では、その考え方が値段にも当てはまるのか、を見ていきます。

値段には「顔」がふたつある

値段には、じつは2つの読み方があります。

  • 「高いんだから、きっといいものだ」 → 品質の目印としての値段
  • 「これだけ払わなきゃいけない」 → 出ていくお金としての値段

同じ「5,000円」でも、どちらの顔で見るかで印象は正反対です。

この2つの顔が、先の話か目の前の話かで入れ替わることを示した研究があります。 4つの実験の結果をまとめると、こうでした (Bornemann & Homburg, 2011)。

  • 先に使うもの・他人が使うものとして考えるとき → 「値段が高いほど品質がいい」と見る傾向が強くなる
  • すぐ使うものとして考えるとき → 「値段が高いほど痛い出費だ」と見る傾向が強くなる

似た結果は別のグループからも出ています。 自分から遠い判断(たとえば他人が買うものについて考えるとき)ほど、品質を値段から推し量るようになり、 自分のことになると、値段より商品の具体的な中身を見て品質を判断するようになりました (Yan & Sengupta, 2011)。

家で「どうせ買うなら、いいほうを」と考えていたとき、値段は品質の目印の顔をしていた。 レジに向かう直前には、同じ値段が出ていくお金の顔をしている。 そう考えると、「安いの買っちゃった」の筋書きはすっきり通ります。

お店は、ものごとが「近く」なる場所

では、お店に行くと本当に頭の中が「近いモード」になるのでしょうか。

コンビニで行った現地実験があります。 買い物の前半では、何を買うかがまだはっきりせず、商品もざっくりと捉えている。 それが後半に進むと、目的が具体的に固まっていくことが確かめられました (Lee & Ariely, 2006)。

また、商品を実際に手に取って試すと、説明文を読んだだけのときより頭の中の捉え方が具体的になり、 「魅力的だけど使いこなすのが大変なもの」より「使いやすいもの」を選ぶようになる、という実験もあります (Hamilton & Thompson, 2007)。 この実験は値段を扱ったものではありませんが、 お店で実物を前にすると、判断が「現実的」なほうに寄るという点では同じ向きです。

「本当に払う」となると、出せる額は下がる

「いくらまでなら出す?」と仮に聞かれたときの答えと、本当にお金を払う場面での額を比べた研究は、たくさんあります。

身の回りの商品について、47本の論文・77の研究(のべ115の比較)をまとめて計算し直した研究によれば、 仮の質問で答えた額は、本当に払う場面の額より平均で21%高く出ていました。 このずれは、値段の高い商品こだわって選ぶ種類の商品で大きくなる傾向がありました (Schmidt & Bijmolt, 2019)。

家で「これくらいなら出してもいい」と思っていた額は、財布を開く場面の額より2割ほど高めに出ている。 これは「安いの買っちゃった」を、かなりそのまま説明してくれる数字です。

同じ人でも、お店では値段に敏感になる

ネットと実店舗の両方をもつスーパーのデータを使った研究があります。 同じ家庭が、同じチェーンのネットスーパーと実店舗を使い分けているので、「人の違い」を除いて比べられるのが強みです。

約9割の家庭が両方を使っていて、12の品目すべてで、 同じ家庭でも、ネットで買うときより実店舗で買うときのほうが値段に敏感だった、という結果でした (Chu et al., 2008)。

ネットの注文は「届くのは後」の買い物で、実店舗は「いま手に取る」買い物です。 さきほどの「値段のふたつの顔」とも向きがそろいます。 ただし、著者らは理由をこの考え方に絞っているわけではありません(「ただし...」で触れます)。

棚の前で「安くなっているほう」に乗り換えることもよく起きる

売り場の値引きで売上が伸びるとき、その伸びはどこから来ているのか。 コーヒーの購買記録を分析した古典的な研究では、 値引き中に増えた売上の84%以上が、ほかのブランドからの乗り換えによるものでした (買う時期の前倒しは14%未満、買いだめは2%未満) (Gupta, 1988)。

ただし、この数字には後から修正が入っています。 計算の仕方を「売れた個数」に置き直すと、値引きで増えた分のうち ほかのブランドから奪った分はおよそ33%にとどまる、という指摘です (van Heerde et al., 2003)。 乗り換えは起きている。でも、最初に言われていたほど大部分ではない、という修正です。

また、スーパーでの現地実験では、店の勝手がわからないときや時間がないときに、 予定していたものを買い損ねたり、ブランドや品目を乗り換えたりすることが増えました (Park et al., 1989)。 予定と違うものを手に取ること自体は、売り場ではまったく珍しくないわけです。

ただ、お店では「多く買う」ほうがもっと目立つ

ここで、都合の悪い結果も並べておきます。

28店舗・2,300人のお客さんに店内で聞き取りをした調査では、 買ったものが予定外の買い物である確率は、基本の状態で46%。 条件が重なると93%まで上がりました (Inman et al., 2009)。 買い物リストを使う、店にいる時間を短くする、現金で払う、といった行動は予定外の買い物を減らしていました。

別の研究では、買い物に出る前の目的がざっくりしているほど、予定外の買い物が増えていました。 しかも、「安いからこの店を選んだ」日のほうが、予定外の買い物が多かったのです (Bell et al., 2011)。

さらに、人は食料品の買い物に、「店で何か足すかも」という分の余白をあらかじめ予算に含めているようです (Stilley et al., 2010a)。 そして、予定していた品物が値引きで安く済むと、浮いた分が別の予定外の品物や買いだめに回ることがわかっています (Stilley et al., 2010b)。

つまり、1つの品物で安いほうを選んでも、かご全体では予定より多く払っている、ということは十分ありえます。

そもそも、値段をじっくり見ていないことも

もうひとつ、ちょっと意外な結果があります。 スーパーでお客さんを観察して聞き取りをした研究では、多くの人がほんの短い時間で商品を選び、値段を確かめていませんでした半分以上の人が、いまカゴに入れたばかりの商品の値段を正しく答えられず、 特売品を買った人の半分以上が、それが値下げされていたことに気づいていませんでしたDickson & Sawyer, 1990)。

毎日の食料品のように、値段をあまり気にせず手が伸びる買い物もたくさんある、ということです。 「安いの買っちゃった」と自分で気づくのは、値段を意識して選んだ買い物のほうなのかもしれません。

まとめると

  • 先のことだと値段は「品質の目印」、目の前だと「出ていくお金」に見えやすい。 これは複数の実験で似た向きの結果が出ています。
  • 頭の中で「出してもいい」と思う額は、本当に払う額より平均で2割ほど高い。これは多数の研究をまとめた結果です。
  • 同じ家庭でも、ネットより実店舗のほうが値段に敏感、という売り場のデータもあります。
  • だから、「家で思っていたより安いほうを選ぶ」のは、珍しくない動きと言ってよさそうです。
  • ただしお店は、予定外に買う量を増やす場所でもあります。 1品では安く済ませても、合計では予定を超えていることがよくあります。
  • そして、「予定より安いほうを選んだ」こと自体を直接数えた研究は見つかりませんでした。 ここに書いたのは、近い現象の研究を組み合わせた読み方です。
  • 少し見方を変えると、家で考えていた額のほうが「盛られていた」のかもしれません。 仮の答えより実際の支払いのほうが低い、という上の結果をふまえると、 お店での「安いほう」は、失敗というより本音に近い判断だった可能性もあります。

ただし...

  • 「購入前に想定していた価格帯より安い選択肢を店頭で選ぶ」現象そのものを測った研究は、本サーベイでは確認できなかった。 本ページは、価格の二重の役割(Bornemann & Homburg, 2011)、仮想的支払意思額のバイアス(Schmidt & Bijmolt, 2019)、 チャネル間の価格感応度の差(Chu et al., 2008)など、隣接する現象から推論している。この組み合わせ自体は検証されていない。
  • 中心の実験は、実際の売り場ではなく実験室・仮想場面での評価である。 Bornemann & Homburg (2011)、Yan & Sengupta (2011)、Hamilton & Thompson (2007) は、要旨から読める範囲ではいずれも実験参加者の評価や選択を測ったもので、 実際の店舗で財布からお金を出す場面での価格帯の選択を測ってはいない。 Lee & Ariely (2006) は店舗での現地実験だが、測っているのは目標の具体性とクーポンの効果で、「どの価格帯を選ぶか」ではない。
  • Yan & Sengupta (2011) は、中心の傾向が逆転する条件も報告している。 「心理的に遠いと価格から品質を推測する」は常に成り立つわけではなく、条件次第で向きが変わりうる。 逆転条件の詳細は要旨からは確認できず、本文では扱っていない。
  • Bornemann & Homburg (2011) の4つ目の知見は、本文の筋書きを弱める方向に働きうる。 最初に遠い視点で価格を「品質の目印」として評価しておくと、後で近い視点で評価し直すときにも、価格が「出費」として注目されにくくなるという。 事前によく下調べした人ほど、店頭で安いほうに流れにくい可能性があるが、実店舗での検証は確認できなかった。
  • 解釈レベル理論の証拠の強さには疑問が出ている。 解釈レベル理論の最大規模のメタ分析を出版バイアス補正の手法(RoBMA、12通りのモデル設定)で再解析した研究は、 すべての設定で出版バイアスの強い証拠を見出し、設定の過半数では効果が無いほうを支持すると報告している (Maier et al., 2022)。 ただしこれは査読前の原稿で、本サーベイでは査読済みの版を確認できなかった。 一方、事前登録した大規模実験では、時間的距離が抽象度に与える効果は d = 0.276(95% CI [0.097, 0.455])と、有意だが小さめの値で再現されている (Sánchez et al., 2021)。 ただしこれは「距離 → 抽象度」の部分であり、価格の重みづけまで事前登録で追試した研究は見つからなかった。
  • 仮想バイアスは解釈レベルの証拠ではない。 Schmidt & Bijmolt (2019) が示すのは「仮の質問では支払意思額が高く出る」ことで、その理由(予算制約を意識しない、よく見られたい、心理的距離など)は分離されていない。 また21%は測定法をまたいだ平均で、間接法(コンジョイント分析など)のほうが直接法より過大評価が大きく、被験者内デザインでも大きくなる。 「家で思った額」と「店で払う額」の差がそのまま21%だという意味ではない。
  • Chu et al. (2008) は観察データであり、チャネルの違いを心理的距離に帰属できない。 ネットと店舗では一般に、画面での一覧のしかた、配送料や最低注文額、よく買う品目の再注文機能、店頭の特売表示など、多くの条件が異なる。 家庭の異質性と価格の内生性には対処しているが、どの買い物をネットで済ませるかは家庭が選んでいるため、交絡は残る。 単一の小売チェーンのデータでもある。
  • 値引きによるブランド乗り換えは「安い価格帯を選ぶ」とは限らない。 Gupta (1988) の84%は弾力性の分解に基づく値で、van Heerde et al. (2003) は販売数量ベースでは約33%にとどまることを示した。 また、値引きされているのが上位ブランドなら、乗り換えの先はむしろ「普段は高いほう」になる。 Park et al. (1989) もブランド・品目の乗り換えを測っているが、それが安いほうへの乗り換えかは要旨からは確認できない。
  • 「近い選択ほど安いほうへ」とは一般には言えない。 前もってまとめて選ぶと「ためになるほう」を多く選び、その場で選ぶと「楽しいほう」に寄ることが、実際の選択(映画、くじ)で示されている (Read et al., 1999)。 ネットスーパーで注文から配達までの期間と購入内容の関係を調べた研究も、タイトルの示すとおり「アイスはすぐ、野菜は後で」という、 値段ではなく嗜好品か健康的な品かの軸での違いを扱っている(Milkman et al., 2009、要旨を取得できず、具体的な結果は原著未確認)。 目の前の選択が「楽しいほう」に寄り、それが高い品物なら、店頭ではむしろ高いほうを選ぶことになる。
  • 店内での予定外購買の数値は測り方に依存する。 Inman et al. (2009) は店内での聞き取り(intercept interview)に基づく計測であり、事前の予定の申告漏れが「予定外」に数えられる可能性がある。 また観察データであり、リスト使用や現金払いが予定外購買を減らすという関連は、そうした行動をとる人の特性による交絡を排除できない。
  • 調査の多くが食料品・日用品である。 Dickson & Sawyer (1990)、Inman et al. (2009)、Stilley et al. (2010a, 2010b)、Chu et al. (2008) はいずれも食料品や日用品の買い物が中心で、 服や家電のように事前によく比べて選ぶ買い物に同じ形が出るかはわからない。 Dickson & Sawyer (1990) は30年以上前の調査で、値段の表示やその場での比べ方の環境は当時と同じではない。
  • 対象集団と売り場が日本と異なる。 ここで引いた研究に、日本の消費者や売り場を対象としたものは含まれていない。 日本の消費者、あるいは日本の売り場(特売の頻度、店舗の密度、買い物の頻度など)で同じ形が出るかは確認できていない。
  • 「買っちゃった」の後悔の有無は扱えていない。 店頭で安いほうを選んだことを後で悔やむのか、満足するのかを追った研究は、本サーベイでは見つからなかった。 本文の「本音に近い判断かもしれない」は、仮想バイアスの研究から引いた推論にとどまる。

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参考文献

  • Trope, Y., & Liberman, N. (2010). Construal-level theory of psychological distance. Psychological Review. https://doi.org/10.1037/a0018963
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