楽しい時間って過ぎるの早くない?
一言でいうと...
はい、少なくとも「その最中」は、そう感じやすいようです。 楽しいときや夢中なときほど時間は速く、退屈なときほど遅く感じる、という結果が日常生活の調査でも実験でも出ています。 ただしあとから振り返ると、出来事の多かった楽しい時間は、むしろ「長かった」と思い出されることがあります。
詳しくは...
「速さ」と「長さ」は、別々に聞く
時間の感じ方の研究では、聞き方が大きく2つあります。
- 「時間はどれくらいの速さで過ぎた?」(速く感じた/遅く感じた)
- 「それは何分くらいだった?」(長さの見積もり)
同じことを聞いているようですが、この2つは必ずしも一致しません。 1日に何度もスマホで呼び出して、「いま時間は速い?遅い?」と「この長さは何秒?」の両方に答えてもらった調査では、 2つの答えのあいだにはっきりした関係は見られませんでした (Droit-Volet & Wearden, 2016)。
さらに「長さ」のほうにも2種類あります。 時間を気にしながら過ごした場合と、あとで急に「さっきのは何分だった?」と聞かれた場合です。 このページの答えが「その最中は」と条件つきになるのは、この違いのせいです。
日常生活で聞いてみると:楽しいときは速い
フランスとイギリスの研究者は、参加者のスマホに1日8回、5日間アラートを送り、 そのたびに「いま時間はどれくらいの速さで過ぎている?」と、気分や、いまやっていることにどれだけ集中しているかを答えてもらいました。 すると、時間の速さの感じ方は、そのときの気分と、いまの活動に注意が向いているかどうかと結びついていました (Droit-Volet & Wearden, 2015)。
同じやり方の続きの調査(若い人と高齢の人、合わせて27人)では、向きもはっきりしています。 幸せを感じているときほど時間は速く過ぎ、悲しいときほど遅く過ぎると答えていたのです (Droit-Volet & Wearden, 2016)。
中国の研究チームが105人に1日5回、「この30分、時間はどれくらいの速さだった?」と聞いた調査でも、 気分の良し悪しや気持ちの高ぶり、頭のさえ具合、そして「どれくらいかかると思っていたか」が、時間の速さの感じ方を予測していました (Liu et al., 2024)。
実験室でも:楽しいものに触れていると速い
気分を実験でそろえて比べた研究もあります。 楽しいもの・嫌なものなど、気持ちを動かす刺激を見せたり、課題の難しさを変えたりして「時間の速さ」を答えてもらうと、 刺激が楽しいものであるほど、そして課題が難しいほど、時間は速く過ぎたと感じられました。 この傾向は、数秒の場合でも数分の場合でも同じでした (Martinelli & Droit-Volet, 2022)。
面白いのは、「楽しい」の中身によって違うという報告です。 アメリカの研究チームは、同じ「いい気分」でも、「近づきたい、手に入れたい」という気持ちが強い状態と、 そうでもない穏やかな状態とを比べました。 すると、時間が短く感じられたのは、「近づきたい」気持ちが強いときのほうでした。 気分とは別に「近づきたい」気持ちだけを強めても、時間は速く感じられました。 さらに、同じくらい興奮する状態でも、楽しい興奮と嫌な興奮とでは結果が分かれ、 興奮そのものではなく「近づきたい」気持ちのほうがカギだとしています (Gable & Poole, 2012、3つの実験)。
退屈なときは、時間がのびる
反対側の「退屈」は、もっとはっきりしています。 ある実験では、参加者にうその理由を告げて、何もない部屋で一人きりで7分半待たせました(99人)。 退屈した人ほど、時間がゆっくり過ぎたと感じ、時間のことを考える回数も多かったのです (Witowska et al., 2020)。
実験室の外でも同じ形が出ています。 2020年のイギリスのロックダウン中の調査では、8割を超える人が、ふだんと比べて時間の過ぎ方がおかしいと感じていました。 年齢が高い人、ストレスが強い人、やることが少ない人、人付き合いに満足していない人ほど、1日がゆっくり過ぎたと答える傾向がありました (Ogden, 2020)。 フランスで大勢に聞いた調査でも、ロックダウン中は時間がゆっくりに感じられていて、 それを説明していたのはストレスや不安よりも、退屈と悲しさでした (Droit-Volet et al., 2020)。
なぜこうなるのか。有力な説明のひとつが、「時間に注意を向けるほど、時間は長く感じる」というものです。 退屈なときは、やることがないので時計ばかり気になる。夢中なときは、時間のことを忘れている。 117件の実験をまとめた分析でも、時間を気にしながら過ごす場面では、 頭を使う作業が多いほど、時間は短く感じられるという結果でした (Block et al., 2010)。
「楽しい」より「夢中」がカギかもしれない
リズムゲームを25分間プレイしてもらった実験(100人)では、 夢中になった人ほど、時間のことを考えなくなり、時間が速く過ぎたと感じていました (Rutrecht et al., 2021)。
先ほどの「課題が難しいほど速い」という結果とあわせると、 時間を速くしているのは「楽しさ」そのものというより、時計のことを忘れるくらい何かに入り込んでいることなのかもしれません。 楽しいときはたいてい夢中でもあるので、日常ではこの2つを切り分けにくいのです。
逆向きもある:「あっという間だった、だから楽しかった」
ここで、向きが反対の話もあります。
7つの研究を行ったアメリカのチームは、参加者に「思ったより時間が経っていた」と信じ込ませると、 課題はより面白く、雑音はよりうるさくなく、曲はより楽しく評価されることを示しました。 人は「時間があっという間だった → きっと楽しかったんだ」と、時間の感覚を手がかりに楽しさを判断している、という説明です (Sackett et al., 2010)。
ただ、この効果はいつでも出るわけではありません。
- 形を少し変えて72人でやり直した研究では、「時間がのろい」と思わされた人は「あっという間」と思わされた人より課題を嫌がりましたが、 「あっという間」の人と「実際どおり」の人とでは、課題の評価にも時間の感じ方にも差が出ませんでした (Weiss et al., 2021)。
- 画面を見張ってまれな合図を待つ、という退屈な監視作業(12分と30分)では、 時間を速く感じさせることには成功したのに、作業のつまらなさ・きつさはまったく変わりませんでした (Dillard et al., 2019)。 つまらない作業は、あっという間でもつまらないまま、というわけです。
もうひとつ、東京大学の研究者による実験では、数分間の課題の長さについてうその予告をしておくと、 時間の速さの感じ方が「思っていた長さ」とのずれに左右されることが、4つの実験で一貫して確かめられました (Tanaka & Yotsumoto, 2017)。 「まだ続くと思っていたのに、もう終わった」ときに、時間は速く感じられるのです。
振り返ると、話が逆になる
ここからが、この問いのいちばん面白いところです。
20件の実験をまとめた分析では、時間を気にしながら過ごしたときの見積もりのほうが、 あとから急に聞かれたときの見積もりより長くなることがわかっています。 つまり、「最中の時間」と「思い出の中の時間」は、別の仕組みで決まっているらしいのです (Block & Zakay, 1997)。
しかも、先ほどの117件の分析では、向きが逆になることも示されています。 やることが多いほど、最中は短く感じるのに、あとから思い出すと長く感じる (Block et al., 2010)。
思い出すときの長さを決めているのは、記憶に残った出来事の数や変化の多さのようです。
- 同じ長さのアニメーションでも、区切りが多く、場面の似ていないものほど、あとから長かったと判断されました (Faber & Gennari, 2015)。
- 決まりきった作業をしていた時間は、あとから短く思い出される。ただし、時間を測ると予告しておくとこの傾向は逆になりました。 休暇中の人やキブツ(イスラエルの共同体)の住民を対象にした現地調査でも、同じ方向の結果が出ています (Avni-Babad & Ritov, 2003)。
- 31メートルの高さからネットに落ちる、という怖い体験をした人は、自分の落下を他の人の落下より36%長かったと振り返りました。 ところが、落ちている最中に目で見た情報を細かく処理できていたわけではありませんでした。 「時間がゆっくりになった」のは、体験の最中ではなく、濃い記憶のしわざだった、という解釈です (Stetson et al., 2007)。
旅行の3日間はあっという間だったのに、帰ってから思い出すと、ずいぶん長くいた気がする。 「休暇のパラドックス」とも呼ばれるこの感覚は、こうした研究の筋書きとよく合います。
嫌なことなら必ず遅い、というわけでもない
最後に、単純すぎる図式にならないよう補足を。
感情と時間の実験31本(のべ3,776人、95の結果)をまとめた分析では、 嫌な刺激は楽しい刺激より長く感じられやすく、興奮が強いほど長く感じられやすいという傾向が出ています (Cui et al., 2023)。
ところが、電気ショックが来るかもしれないという不安な状態を作った実験では、逆に時間が短く見積もられました (3つの実験をまとめた差の大きさは d = 0.68。0.5あたりが「中くらい」の目安)。 同じ研究で、恐怖が時間を長くするという過去の結果は、2つの追加実験で再現できませんでした (Sarigiannidis et al., 2020)。
「楽しい=速い、嫌=遅い」は大まかな傾向で、嫌な気分の種類によっては当てはまらないことがあります。
まとめると
- その最中は、楽しい・夢中なときほど速く、退屈・悲しいときほど遅く感じる。 日常生活の調査でも実験でも、同じ向きの結果が出ています。
- ただし、時間を速くしている中身は「楽しさ」そのものより、夢中になって時間を忘れていることかもしれません。
- 振り返ると逆転しうる。 出来事の多い時間は、あとから長く思い出されます。
- 因果は一方向ではない。 「あっという間だった」ことが「楽しかった」という評価を作る面もあります。
- なので、「楽しい時間って早くない?」への答えは、「最中はそう。でも思い出の中では、長く残っていることもある」です。
ただし...
- 実験の多くは秒〜分の単位で、何時間・何日という日常の時間とは桁が違う。 Martinelli & Droit-Volet (2022) は数秒〜数分、Witowska et al. (2020) は7.5分、Rutrecht et al. (2021) は25分、 Tanaka & Yotsumoto (2017) は数分の課題であり、Cui et al. (2023) のメタ分析も写真・表情・音・単語を刺激とした実験室研究の集計である。 実際、日常生活の経験サンプリングでは、時間の速さの判断と長さの判断が結びついたのは数分(2〜8分)の長さのときだけで、 3〜33秒では関係が見られなかった(Droit-Volet et al., 2017)。 秒単位の実験結果をそのまま「楽しい1日」「楽しい休暇」に延長することはできない。
- 長い時間になると、気分との結びつきが弱まる可能性がある。 Liu et al. (2024) では、直近30分の時間の速さは気分の良し悪し(valence)で予測されたが、 1日全体の速さを予測したのは「時間の予期」と覚醒(arousal)だけで、valence は含まれなかった。 「楽しい日ほど1日が早い」とまでは、この調査からは言えない。
- 日常生活の調査は小規模で、相関にとどまる。 Droit-Volet & Wearden (2016) の参加者は27人(フランス)である。 経験サンプリングは同時点の自己報告どうしの関連であり、「楽しいから速い」のか、Sackett et al. (2010) が示すように 「速く感じたから楽しいと答えた」のかを区別できない。楽しい時間と退屈な時間では活動の種類そのものが違う、という交絡も残る。
- 「楽しい」の中身が切り分けられていない。 快・不快(valence)、覚醒度、接近動機づけ、没入(flow)、課題の難しさ(注意の配分)が絡み合っている。 Gable, Wilhelm, & Poole (2022) のレビューは「快・不快ではなく接近/回避の動機づけが時間を動かす」と主張するが (10.3389/fpsyg.2022.848154)、これは同モデルの提唱者自身による整理であり、 valence ベースのモデルとの決着はついていない。
- 再現性の確認は限られる。 Sackett et al. (2010) の「時間の感覚 → 楽しさ」は、変形版の追試(Weiss et al., 2021, n = 72)で一部しか再現されず、 監視作業(Dillard et al., 2019)では楽しさへの影響が出なかった。 Gable & Poole (2012) については、独立した事前登録つきの大規模追試を本サーベイでは確認できなかった。 感情と時間の分野では、恐怖による時間の過大評価が Sarigiannidis et al. (2020) で再現されなかった例がある。 Cui et al. (2023) は出版された研究の集計であり、出版バイアスの影響を受けうる。また、その効果量は確認できていないため本文では数値を示していない。
- 「速さ」と「長さ」の研究が混在している。 実験の多くは「何秒だったか」を答えさせて過大・過小評価を見ており、 日常の「早くない?」にあたる時間の速さの判断(passage-of-time judgment)とは別の指標である。 両者が一致しないことは Droit-Volet & Wearden (2016) が示しており、本文ではこの2つをつなげて読むところに一段の解釈が入っている。
- 「振り返ると長い」の直接証拠は限られる。 Block & Zakay (1997) と Block et al. (2010) は主に実験室の短い区間を集めたものである。 Avni-Babad & Ritov (2003) の休暇中の人を対象にした現地調査は、要旨で結果の方向を確認したのみで、具体的な数値は原著未確認。 実際の旅行について、同じ人の「最中の速さ」と「あとからの長さ」を両方測った研究は本サーベイでは見つからなかった。 「休暇のパラドックス」は一般向けの呼び名であり、この名前で検証された仮説としては確認できていない。
- 夢中な時間が、振り返ると必ず長くなるわけでもない。 ゲームセンターで12分・35分・58分遊んだ116人を調べた研究では、 予告ありの見積もりのほうが、あとから聞いた見積もりより長かった(Tobin et al., 2010)。 思い出の中の長さを決めるのは出来事の数や変化(Faber & Gennari, 2015)であって、楽しさそのものではない。 同じことの繰り返しなら、楽しくても思い出の中では短くなりうる。
- Stetson et al. (2007) は恐怖場面の研究である。 「記憶が濃いほど長く振り返られる」という仕組みの例として引いたが、 楽しい体験に同じ仕組みが同じ強さで働くかは確認していない。
- ロックダウン調査は特殊な状況の、横断的なオンライン自己報告である。 Ogden (2020) と Droit-Volet et al. (2020) は、 ふだんとの比較を本人の記憶に頼っており、平常時の退屈にそのまま当てはまるとは限らない。
- 対象集団が偏っている。 多くはフランス・イギリス・アメリカの大学生や成人で、 中国(Liu et al., 2024)と日本(Tanaka & Yotsumoto, 2017)の研究も含むが、後者は数分の実験課題である。 日本の一般の人の日常で同じ大きさの傾向が出るかは確認できていない。
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参考文献
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