風邪ひくと体臭が変わることってある?
一言でいうと...
変わることはあるようです。ただし、人の鼻でやっと気づけるかどうか、というくらいの小さな変化です。 風邪などの呼吸器の感染症にかかった人の寝汗を、元気なときの寝汗と並べて「どちらが病気のときのものか」を当ててもらった実験では、正解率は56.7%でした(当てずっぽうなら50%)。 体の中で炎症を人工的に起こした実験では「少し嫌なにおい」寄りに変わり、息の成分も機械で測ると変わっていました。
詳しくは...
まず、「風邪」の研究とそれ以外を分けておく
「病気になるとにおいが変わる」という話には、じつは性格の違う研究が混ざっています。
- 本物の風邪(呼吸器の感染症)にかかった人を調べた研究
- 健康な人に細菌の成分を注射して、一時的に体の中で炎症を起こした研究
- 新型コロナなど、風邪とは別の感染症を調べた研究
風邪の答えに直接つながるのは1つ目だけです。2つ目と3つ目は「病気でにおいが変わる仕組みがありそうか」を考える材料として読んでください。以下、それぞれ分けて見ていきます。
炎症を起こすと、体臭は「嫌なにおい」寄りになった
スウェーデンの研究グループは、健康な人に大腸菌の壁の成分(エンドトキシン)をごく少量注射して、熱っぽさやだるさを数時間だけ起こす実験を行っています。風邪そのものではありませんが、「体が病原体と戦っている状態」を安全に短時間つくる方法です。
2014年の実験では、注射からわずか数時間で、同じ人が偽の注射(生理食塩水)を受けたときよりも、わきの汗のにおいが嫌なにおいと判定されました。においの嫌さの度合いは、体の炎症の強さと連動していました(Olsson et al., 2014)。
同じグループは2023年に、注射の量を25%減らしてやり直しています。29人にエンドトキシン、21人に生理食塩水を注射し、注射直後から約5時間着たTシャツのわきの部分を、69人に嗅いでもらいました。結果は、
- エンドトキシンを注射した人のにおいは、より不快と判定された(差の大きさは「小さい」の部類)
- においの強さには、はっきりした差はなかった
- 成分を分析すると、全体の量が増えたのではなく、一部の成分の割合が変わっていた(6-メチル-5-ヘプテン-2-オンという、もともと体から出ている成分が多かった)
というものでした(Gordon et al., 2023)。 つまり「におう量が増えた」というより、においの中身が少し入れ替わった、という変わり方です。
研究者たちは、これを「病気の仲間を避けて、うつるのを防ぐための仕組み」の一部ではないかと考えています。体の免疫とは別に、行動で病気を避けるしくみがある、という考え方です。
本物の風邪では、変化はかすかだった
では、注射ではなく本当に風邪をひいたときはどうか。調べた研究は多くありませんが、同じグループによるものが2本あります。
対象は、せきやのどの痛み、鼻水などの呼吸器の症状と、熱っぽさや頭痛、だるさなどの全身の症状が両方そろった人たちです。病気のときと、約4週間後の元気なときに、わきにパッドを縫い付けたTシャツを2晩ずつ着て寝てもらいました。その間は無香料の石けんとシャンプーだけを使い、にんにくやスパイス、お酒、香水を控えてもらっています。
1本目では、23人分の寝汗のにおいを46人に嗅いでもらい、「強さ」「不快さ」「健康そうか」「気持ち悪さ」を点数で付けてもらいました。病気のときのにおいは、数字の上ではやや強く、やや気持ち悪く付けられましたが、どれも偶然の範囲を超える差にはなりませんでした(Sarolidou et al., 2020)。
2本目では、同じサンプル(使えたのは20人分)を使い、80人に病気のときと元気なときのパッドを並べて「どちらが病気のときのものか」を選んでもらいました。点数を付けるより、比べて選ぶほうが小さな違いに気づきやすいからです。 正解率は平均56.7%。当てずっぽうの50%よりははっきり高いものの、100回嗅いで7回ほど余分に当たる程度です(Tognetti et al., 2023)。
この研究では、病気のときに体温が上がった人ほど当てられやすい傾向も見られました。ただし、38℃以上の熱が出ていたのは20人中1人だけで、この傾向は外れ値を1人除いたときにだけ出たものです。
まとめると、本物の風邪でも体臭は変わってはいそうだけれど、ほかの人が気づくかどうかぎりぎりの大きさ、ということになります。
息のほうは、機械で測ると変わっている
体臭とは別に、吐く息の成分を測った研究もあります。こちらは人の鼻ではなく、分析機器で調べています。
イギリスの研究では、健康な人の鼻に風邪の代表的な原因であるライノウイルスを入れて感染させ、吐く息を分析しました。すると、デカンなどの、炭素が長くつながった成分が息の中で増えていました。この増え方は、ウイルスの量や、体がウイルスと戦う反応の強さと連動しており、細菌の感染では増えませんでした(Kamal et al., 2021)。 同じ論文では、培養した気道の細胞にライノウイルスを感染させたときにも同じ成分が出ることを確かめています。別の研究でも、ライノウイルスに感染させた気道の細胞から出るガスの成分が変わることが報告されています(Schivo et al., 2014)。
オランダの研究では、健康な大人12人とぜんそくの大人12人を、ライノウイルスを入れる60日前から30日後まで週3回追いかけ、においのセンサーを並べた装置(電子の鼻)で息を測りました。健康な人でも、感染後は息の測定値がふだんより大きくぶれるようになり、感染前と感染後をかなりの精度で見分けられました(Lammers et al., 2021)。
ただし、どちらも「機械で測れる差がある」という話で、人が嗅いで気づくほどの差かどうかは調べていません。
犬は嗅ぎ分けられる?——ここは新型コロナの話
「犬は病気のにおいが分かる」という話もよく聞きます。ただ、しっかり調べられているのは新型コロナで、ふつうの風邪ではありません。
フランスの研究では、訓練した7頭の犬に、新型コロナの人とそうでない人のわきの汗218検体を、どれが正解か誰も知らない状態で嗅がせました。犬ごとに、陽性の人の87〜94%を見つけ、陰性の人の78〜92%を正しく「陰性」と判定しました(Grandjean et al., 2022)。
ドイツの研究では、新型コロナのにおいを覚えた犬に、ライノウイルスやインフルエンザなど15種類のほかのウイルスに感染した人の検体を混ぜて嗅がせました。犬がほかのウイルスの検体を正しく「新型コロナではない」と判断できた割合は、平均95.1%でした(ten Hagen et al., 2021)。 これは「ウイルスの種類によって、においの特徴が違うらしい」ことを示す結果です。逆に言えば、新型コロナで訓練した犬が、ふつうの風邪を嗅ぎ当てられるわけではありません。ふつうの風邪を嗅ぎ分けるように犬を訓練した研究は、見つかりませんでした。
なぜ変わるのか——候補はいくつかある
どの仕組みがどれだけ効いているのかは、まだ分かっていません。考えられている候補を挙げておきます。
- 炎症そのもの。 炎症が起きると体の中の代謝が変わり、汗や息に出る成分の割合が変わる。エンドトキシンの実験で「量より中身が変わった」のは、この筋と合います。
- 熱。 上で見たように、体温が上がった人ほど嗅ぎ当てられやすい傾向がありました(ただし弱い根拠です)。
- 食欲が落ちること。 健康な8人の実験では、食事をとらずに数時間過ごすだけで、脂肪を燃やすときにできるアセトンが息の中で少しずつ増えていきました(Bovey et al., 2018)。風邪で食べられないときに同じことが起きている可能性はありますが、風邪の人で測った研究ではありません。
結局、どう考えればいい?
- 風邪で体臭が変わることは、ありそうです。 ただ、その変化は小さく、まわりの人がはっきり気づくほどではないことが多いようです。
- 「量が増える」というより「中身が少し変わる」タイプの変化で、においが強くなるとは限りません。
- 上の実験では石けんや食べ物をそろえていました。ふだんの生活では、寝汗やお風呂に入れない日、食べるものの変化なども重なるので、「いつもと違うにおい」がすべて病気そのものから来ているとは限りません。
- 息の成分の変化は機械では測れていて、将来は息で感染を見分ける検査につながるかもしれない、という段階です。
ただし...
- 自然な風邪を調べた知見は、実質1つのサンプルに依存している。 Sarolidou et al. (2020) と Tognetti et al. (2023) は、同じ研究で集めた同じ提供者(23人、分析可能20〜23人)の検体を別の方法で評価したもので、独立した2つの研究ではない。前者の評価尺度では有意差なし、後者の強制選択では有意、という結果の違いは、課題の感度の違いと解釈できるが、効果が小さいことは共通している。
- 感染の確認は自己申告の症状のみ。 呼吸器症状1つ以上と全身症状1つ以上という定義で、ウイルス検査も炎症マーカーによる確認もしていない。インフルエンザ様疾患も含みうるため、いわゆる「ふつうの風邪(ライノウイルスなどの上気道感染)」に限定した結果ではない。
- 病気のときの検体を必ず先に集めている(約4週間後に健康時)。季節や生活の変化といった順序の影響を排除できていない。Sarolidou et al. (2020) 自身も、提供者の増加と順序を入れ替えた計画が必要と述べている。
- Tognetti et al. (2023) の正解率は平均56.7%(SD 7.4%、Wilcoxon符号順位検定 p < .001)。体温上昇との関連は、外れ値1人(−2.6 SD)を除いたときのみ有意(p = 0.003、除外前は p = 0.16)で、38℃以上の発熱は20人中1人。探索的な結果として扱うべき。事前の検出力分析も行われていない。
- エンドトキシン(LPS)投与は風邪のモデルではない。 細菌の菌体成分を静脈に入れて全身性の炎症を短時間起こすもので、鼻やのどのウイルス感染とは炎症の場所も経過も違う。Gordon et al. (2023) は群間比較(LPS 29人 vs 生理食塩水 21人)で、不快さの差は Cohen's d = 0.28、片側検定で p = 0.047。強さ(p = 0.075)と嫌悪感(p = 0.068)は有意でなかった。Olsson et al. (2014) は個人内比較で、効果量はここでは扱っていない。両研究とも同じ研究グループによるもので、別の研究室による追試は見当たらなかった。
- 呼気の研究は、人の嗅覚で感じられるかを調べていない。 Kamal et al. (2021) のライノウイルス接種部分の人数や効果量は要旨からは確認できず、原著未確認のため、ここでは存在と研究デザイン、要旨に書かれた結論のみを引用している。Lammers et al. (2021) は各群12人の概念実証研究で、使用した電子鼻は個々の成分を同定しない(7つのセンサーの応答パターンを見る)。健康群で感染前後を判別した ROC 曲線下面積は 0.82(95%信頼区間 0.65–0.99)と幅が広い。Schivo et al. (2014) は培養細胞の研究。
- 犬の研究は新型コロナに限られる。 Grandjean et al. (2022) は7頭・218検体で、犬ごとの感度・特異度にばらつきがある。ten Hagen et al. (2021) の検体は汗ではなく唾液や鼻・のどのぬぐい液で、ほかのウイルスを誤認した回数のウイルス種ごとの内訳はここでは扱っていない。どちらも、ふつうの風邪の体臭を犬が嗅ぎ分けられるかについては何も言えない。
- アセトンの話は健康な人の絶食実験からの類推。 Bovey et al. (2018) は8人の探索的研究で、風邪の人を測ったものではない。息のアセトンの増加が、人が嗅いで分かるほどかどうかも調べていない。
- 対象はほぼヨーロッパの成人(スウェーデン、イギリス、オランダ、フランス、ドイツ)。体臭の出方や嗅ぐ側の感じ方には個人差・集団差があり、日本の読者にそのまま当てはまるかは確認されていない。
- 本ページの「体臭」は主にわきの汗のにおいを指し、口臭は扱っていない。のどの細菌感染(溶連菌など)や副鼻腔炎で口や鼻のにおいが変わるのは、別の問題である。
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参考文献
- Olsson, M. J., Lundström, J. N., Kimball, B. A., Gordon, A. R., Karshikoff, B., Hosseini, N., Sorjonen, K., Olgart Höglund, C., Solares, C., Soop, A., Axelsson, J., & Lekander, M. (2014). The Scent of Disease. Psychological Science, 25(3), 817–823. https://doi.org/10.1177/0956797613515681
- Gordon, A. R., Lundström, J. N., Kimball, B. A., Karshikoff, B., Sorjonen, K., Axelsson, J., Lekander, M., & Olsson, M. J. (2023). Human scent as a first-line defense against disease. Scientific Reports, 13, 16709. https://doi.org/10.1038/s41598-023-43145-3
- Sarolidou, G., Tognetti, A., Lasselin, J., Regenbogen, C., Lundström, J. N., Kimball, B. A., Garke, M. Å., Lekander, M., Axelsson, J., & Olsson, M. J. (2020). Olfactory Communication of Sickness Cues in Respiratory Infection. Frontiers in Psychology, 11, 1004. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.01004
- Tognetti, A., Williams, M. N., Lybert, N., Lekander, M., Axelsson, J., & Olsson, M. J. (2023). Humans can detect axillary odor cues of an acute respiratory infection in others. Evolution, Medicine, and Public Health, 11(1), 219–228. https://doi.org/10.1093/emph/eoad016
- Kamal, F., Kumar, S., Edwards, M. R., et al. (2021). Virus-induced Volatile Organic Compounds Are Detectable in Exhaled Breath during Pulmonary Infection. American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, 204(9), 1075–1085. https://doi.org/10.1164/rccm.202103-0660oc
- Schivo, M., Aksenov, A. A., Linderholm, A., McCartney, M. M., Simmons, J., Harper, R. W., & Davis, C. E. (2014). Volatile emanations from in vitro airway cells infected with human rhinovirus. Journal of Breath Research, 8(3), 037110. https://doi.org/10.1088/1752-7155/8/3/037110
- Lammers, A., Brinkman, P., te Nijenhuis, L. H., et al. (2021). Increased day-to-day fluctuations in exhaled breath profiles after a rhinovirus challenge in asthma. Allergy, 76(8), 2488–2499. https://doi.org/10.1111/all.14811
- Grandjean, D., Gallet, C., Julien, C., et al. (2022). Identifying SARS-COV-2 infected patients through canine olfactive detection on axillary sweat samples; study of observed sensitivities and specificities within a group of trained dogs. PLoS ONE, 17(2), e0262631. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0262631
- ten Hagen, N. A., Twele, F., Meller, S., et al. (2021). Discrimination of SARS-CoV-2 Infections From Other Viral Respiratory Infections by Scent Detection Dogs. Frontiers in Medicine, 8, 749588. https://doi.org/10.3389/fmed.2021.749588
- Bovey, F., Cros, J., Tuzson, B., Seyssel, K., Schneiter, P., Emmenegger, L., & Tappy, L. (2018). Breath acetone as a marker of energy balance: an exploratory study in healthy humans. Nutrition & Diabetes, 8, 50. https://doi.org/10.1038/s41387-018-0058-5